甘い香りにつられて果実をほおばり、毒に侵されるお姫さま。 僕はその童話をしっかりと読んだことはないけれど、なんとも愚かなことだと思う。

自嘲の笑みは止まらない。だけど、僕は自分の選択を後悔するつもりはない。

いじわるなお妃さまは、毒に侵されたお姫さまとともに、同じ毒に倒れました。 ほら、これで平和じゃないか。


「ご機嫌いかがですかユメトさん、とりあえず殴らせろ」

「それ前回も言ってたね? 理不尽じゃないかな!」

「覚えてませんね! 顔合わせる度にむかつくんだから仕方ないじゃないですか。どうせ前回何かやらかしてるんだから一発くらい構わないでしょう?」

「否定できないけど! 痛いのはノーセンキュー!」

「やっぱりか。ほらほらおとなしく殴られなさいって」

「夢人くんのいじわる!」

雪の中、霧島という表札がある一軒家の玄関で、顔がそっくりな少年たちはじゃれあうように話を弾ませる。運命の再会などではなく、ユメトと呼ばれた少年による意図的な出会いなのだが、夢人という少年にそれを知るすべは無い。

ユメトという名の不思議な少年が霧島夢人という名の少年に出会ったのは、本当に偶然だった。 本来だったら誰にも記憶されないユメトを、断片的とはいえ記憶する夢人。 二人の出会いからいくらかの時が過ぎ、その存在はユメトにとって大きなものになっていた。 一所に留まらずに、留まれずにいた少年に小さな拠り所が現れたのだ。

独りきりに疲れ切った心に、突如与えられた平穏。 ユメトがそれに頼ってしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。

「……本当に殴らなくてもいいのに」

少し赤くなった頬を涙目になりながらさすれば、夢人はからりと笑った。

「手加減はしましたよ? ……で、また出かけるんですよね。その服じゃ寒いでしょうし、僕の余ってるコート貸しますよ」

「え、いいの?」

「どう見たってその黒いコート、冬用じゃないでしょう。友人を寒空の下にそのまま放りだすのは、さすがに良心が許しませんよ」

「……ふふ、ありがとう」

少し前までのユメトなら考えられないような柔らかい笑みを浮かべる。