それはとても奇怪な噂話。 いつの頃から噂されているのかは誰も知らない。 昼下がりの公園のベンチでぼうっとしている彼女――あどけなさの残る少女もまた、知らない。 知る必要のない情報だからだろう。 ただ、それなりに信憑性のある話のようで、少女の住む町ではそれなりに広まっているようだ。 出所は不明。少女も先日、偶然耳にしただけの噂だ。 とるに足らない、そのうち忘れられるだろう噂。 それでも少女は、その話が気になった。
どんな願いも叶えてくれる「叶え屋ピエロ」。
なんともうさんくさい話だ。 だいたい、ピエロだなんて、この至って普通な日本の町にサーカス団が来るわけでもあるまいし。 少女はそのように思ったのだが、どうやらこの呼称はこの町で使われているものらしく、ほかの町で噂されていたときは「叶え屋」、「何でも屋」、「叶え神」など、とにかくさまざまらしい。 どんな呼称でも、うさんくさいことに変わりはないが。
ばかばかしい。そう、ばかばかしい話だ。 信憑性があってもしょせん噂に過ぎない。だから気にとめることもない。 その、はずなのに。
はぁ、と溜息をひとつ。 少女には「叶え屋ピエロ」を気にするだけの理由があった。 ――ピエロなら、この憂いも消せるのだろうか。
少女は公園ではしゃぐ子供たちに目を向けようとした。 向けようとして、そこにあった光景に首をかしげた。 いつものように、夏の陽気に負けることなく騒いでいると思っていた子供たちは、何かを立ったまま囲んでおとなしくしている。
「ねぇ、もういっかい!」
子供の誰かが声をあげると、周りの子供もそれに同調する。 さっきまでのおとなしさはどこへと言わんばかりに騒ぐ子供たちに、囲まれていた何かが立ち上がった。少年だ。 子供たちと比べなくてもそれなりに背が高い彼は、おそらくしゃがんでいたのだろう。 人のよさそうな少年がぐるりと子供たちを見て、そして、少女を見た。 たまたま目があっただけかもしれない。だが、少年はにいっと得意げな笑みを浮かべた。 明らかに、少女に向かって。
「さあさあ、ご覧あれ!」
芝居がかったセリフとともに、少年は右手を空に向けた。 とたん、ぼわっと赤い光が――炎が、広がる。 炎はゆらりと揺れて、少年の手にまとわりつく。 手品、だろうか。見事なもので、魔法と言われたら信じてしまいそうだ。
子供たちのわぁ、という歓声と拍手に包まれる少年は、少しはにかんだ表情を浮かべた。
「こういうのってタネがあるんだろ?」
歓声の中にかわいらしくない発言がひとつ。 少年はそれに対し、目を細めてくすりと笑った。 炎を消し、右手の人差し指を唇に寄せる。
「タネも仕掛けもございません」
にっこりと、それはそれはきれいな弧を口元に浮かべて。 うそだー、なんて騒ぐ子供たちに片目を閉じてほほ笑む。いわゆるウインク。
「今日はこれでおしまい。ね?」
その言葉を合図に子供たちはひとり、またひとりと散らばっていった。 残された少年は、再び少女を見ると、少女の座るベンチのそばまでやってきて、隣に座った。
「浮かない顔だね」
にこにこと、害のなさそうな笑みで、少女に声をかける。
「なにが?」